KOKEI NO AWAI – 光景のあわい

「KOKEI NO AWAI」(2025)
kent watari

Produce, Mix, Mastering
Release via Mystery Circles
https://mysterycircles.com/

Links
https://kentwatari.bandcamp.com/album/kokei-no-awai
https://tobirarecords.com/products/kent-watari-kokei-no-awai-tape
https://lnk.dmsmusic.co/kentwatari_kokeinoawai
https://on.soundcloud.com/Xb1hBapiKKnR4DS17

Tracklist
1. windows – 窓の息
2. SHAKKEI – 借景
3. the forest of gelatin and steel – ゼラチンと鋼の森
4. a touch – 筆致
5. perspective of February – 二月の遠近法
6. owl and grave – 梟と墓
7. tracing the cat – 猫をなぞる
8. KINSŌ – 菌叢
9. wet and writhing – 濡れて蠢く
10. YŪSUI – 幽邃
11. memories – 時間を帯びた翅
12. KURE NO MINAMO – 暮の水面

Notes
‘KOKEI NO AWAI’, the latest album from Japanese experimental artist kent watari, is a hauntingly intimate exploration of memory, place, and perception—translated through abstract sound. Drawing from the ambient and avant-electronic traditions of artists like Oneohtrix Point Never and Tim Hecker, Watari’s work is at once deeply personal and universally reflective.
The title translates loosely to “Distance of the Scenes,” blending KOKEI (a view, a scene) and AWAI, a uniquely Japanese word describing the nuanced space or distance between things. This liminal concept becomes the conceptual core of the album—where vivid everyday moments are abstracted, blended, and reimagined through sonic textures.

Inspired by the surprising harmony between seemingly unrelated places—a quiet mountain view from Kyoto’s Ginkakuji Garden and a bustling Yokohama supermarket with discounted deli food—Watari reassembles fragmented realities into one cohesive auditory experience. ‘KOKEI NO AWAI’ is not just a reflection on space, but on how perception connects—or separates—those spaces.

The album unfolds like a personal cartography of inner landscapes: surreal and richly layered. Grounded in electro-experimentation, it also weaves in elements of traditional Japanese music, providing moments of organic warmth and familiarity amidst digital abstraction.

‘KOKEI NO AWAI’ invites the listener to look more closely at the world—to question the connections between scenes, to reframe the unnoticed, and to experience the beauty found in the subtle space between.

『光景のあわい』
このアルバムはわたしの中で統合された光景や情景を音へと変換した作品です。実験電子音楽やアンビエントを基調に、日本の伝統音楽の要素を取り入れています。

ステートメント
京都にある銀閣寺庭園から見える盆地の山並みと、わたしの住む横浜のスーパーマーケットで惣菜が安売りされている様子が、ある時ひとつの情景へと統合されました。
一見関係のない光景が組み合わさって新しい情景になったことが面白く、まるで自分だけの世界の見方を手に入れたかのようでした。
もしかしたら、すでにつながっている光景をわたしが勝手に切り離していただけなのかもしれません。意識していないと、見えているはずの光景同士のつながりを見落としてしまいます。
それ以来、ひとつひとつの光景を観察し並べ変えています。そうして統合された情景のいくつかを音にすることにしました。

解説

1. windows 窓の息

今の家は、窓を開けると風がよく通り、まるで家が呼吸しているように感じます。その風に吹かれながら、なぜかナメクジの交尾の映像が頭に浮かびました。その姿には妖しさとグロテスクさが同居しています。突拍子もない連想に驚きましたが、そういえば窓枠にナメクジの這った跡があったような気もします。

2. SHAKKEI 借景
以前住んでいた川崎市の住宅街では、家と駅の間に大きな丘がありました。丘の上には巨大な集合住宅があり、その白い建物と濃い青空とのコントラストが日々の楽しみでした。
ある夏の日、葉山の近代美術館裏の細道から海を眺めたとき、その光景に突然あの丘の建物が重なりました。暑さとまぶしい光景が、私の中で結びついているのかもしれません。

3. the forest of gelatin and steel ゼラチンと鋼の森
仕事で解体工事現場の音を録音したことがありました。石やコンクリートが崩れる音は意外にも静かで滑らかで、まるで固体と液体の中間のように見えて、ゼラチンを思い出しました。
その感覚は、かつて訪れた山梨の森とつながりました。木々の間を差す光、蒸し暑さ、虫の影、腐葉土と汗、そして収穫した桃の香りを思い出しました。快適とは言えない状況の中に、生命と死の気配を同時に感じていました。

4. a touch 筆致
京都で観た富岡鉄斎の展覧会では、構図の奇妙さ以上に、今も水分を含んでいるかのような筆致に心を奪われました。筆を置いていく動作が目の前に見えるようで、絵と制作の時間が重なるように感じました。
その筆の水気は、過去の京都滞在中に泊まった宿の中庭とも重なりました。雨に濡れた灯篭がぽつんと立っていた静かな光景が、自然と鉄斎の絵と交錯しました。

5. perspective of February 二月の遠近法
工事中の渋谷駅で、合成ゴムの床に散りばめられた光沢が灰色の空に舞う雪のように見えました。曇天のような視界は、水墨画のような静けさをまとっていました。
その同じ2月、猫が我が家にやってきました。人懐っこく、よくシンセの上に乗ります。メロディを録音中にも鍵盤を踏み、偶然にも曲にぴったりの音が録れたのでそのまま採用しました。この曲には、2月の記憶が詰まっています。

6. owl and grave 梟と墓
子どもの頃、大好きだった動物園でフクロウと目が合ったことがあります。木陰からじっと見られていたと気づいた瞬間、捕食される小動物の気分になりました。その知的な静けさと恐ろしさが印象に残っています。
ある日、ホラーゲームの動画でスズメの死体を埋める場面を見たとき、あのフクロウの目が思い浮かびました。今でもフクロウの目は心のどこかで「死」と結びついています。

7. tracing the cat 猫をなぞる
この曲は、愛猫がシンセの上を歩いたときに録れたフレーズを基に制作しました。「二月の遠近法」では録音を手伝ってもらった形でしたが、今回は猫の演奏が主役です。素っ頓狂で気まぐれなメロディが、猫の性格を映し出しているようです。
制作中には化粧品のことが頭に浮かんでいました。関心があるにも関わらずどこかで戸惑ってしまう気持ちが、予測不能な音に重なって感じられました。

8. KINSŌ 菌叢
秋の夜に鳴く虫の声が好きです。音があることで、夜の静けさや涼しさが際立つからです。その声を聞くと、実家の天井とソファを思い出します。
菌類を調べていたとき、南方熊楠の「南方マンダラ」に出会い、その途端にメロディが浮かびました。そして、なぜかその旋律には実家で見た光景が重なっていたのです。

9.wet and writhing 濡れて蠢く
沸騰する湯の表面が不規則に揺れ、映る像が歪んでいく様子を見るのが好きで、よく動画を撮ります。そのたびに、駒場にある旧前田邸の食堂が思い浮かびます。歴史ある豪邸の中にも日常があって、その家の人々も同じように湯を沸かし、水面を見ていたかもしれません。

10.YŪSUI 幽邃
昼下がり、影が差す自室にいると時間がゆっくりと流れるのを感じます。観葉植物の緑と黄色いソファの色が心地よく、この穏やかな時間に形を与えたくなりました。

11.memories 時間を帯びた翅
幼い頃にとある山の別荘地を訪れたことがありました。林を歩いていると、トンボの翅に太陽が反射してキラキラと光っていました。その光景は、VHSの巻き戻しを待つ時間や、ハンディカムの解像度の低い映像とつながっています。虫の翅をみると、半透明な膜の中にその頃の記憶が一体となって浮かび上がるのです。

12.KURE NO MINAMO 暮の水面
湯船の水面に照明が映り、まるで月のように見えたことがあります。その水中で自分の手足が力なく揺れていて、どこか可笑しく感じました。
その瞬間、修学旅行で訪れた長崎の夕暮れが重なりました。坂道に沈む夕日が、一日を締めくくる風景として水面の月と一体化したようでした。